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父オットー・マインの先見と明察

真のベルリン市民(その4)の続き。2.で姿を消してからベルリンに現れて同志に「作戦中止」を呼びかけるまでオットー・マインはいかなる行動をとっていたのか? を情報局のカンプ、瀕死のヘルムート・グラスその1参照)、および写真家ミロシュ・ゼマン*1の発言から再構成してみました。

  1. オットーその3(2.)で「核と同等の破壊力をもつ」と言及したウイルスとは、マールブルク天然痘のW病原体であった。
  2. オットーは、その4(2.)でカンプと別れた後、グラスに仲介を頼んでゴルゴ13と接触していた。に対する依頼内容は2つ。
  3. 1つめは、「真のベルリン市民」内に潜入していた東側スパイ(ディートリッヒ准将)の排除。実はオットーは、西側軍人であるディートリッヒが「生物兵器」の使用に嫌悪を示さないことに以前から不審の念を抱いていたのだった。
  4. この依頼はその4(8.)で果たされた。
  5. 2つめは彼の研究成果を狙う者(たち)から息子ヨセフ・マインの身を守ること。たとえ何十年後になろうとも…
  6. この依頼により、は既にオットー・マインの埋葬時点で墓地に現れ、ヨセフを見守っている。その後の展開はその1(7.)に見るとおり。
  7. ゴルゴ13への依頼と前後して、オットーはW病原体に関する研究の成果をすべて焼却廃棄していた。
  8. さらに、ベルリンの壁上で「ツルハシ」を要求したオットーの真意は…彼は後の1989年、実際にベルリン市民が行ったように、一個人の力で壁に破壊の最初の一撃を加えようとしていたのだった。
  9. その決定的瞬間がミロシュ・ゼマンのカメラに収められていた。オットーの会心の笑顔…涙ぐむ息子ヨセフ。幕。

*1:ヨセフ・マインの父オットーと祖母が暮らしていたアパートに1979年から居住する人物。「80年暮れ、オットーが壁にウイルスの研究論文を埋め込んでいった」と偽りの証言をする。オットーの遺志に基づく行動?